(四)工業部事業

 

(イ)絹織物工場

邦語名              東山絹織工場
伯語名              テセラーゼン、デセーダ、パウリセア、リミターダ

織機工場

織機工場

東山絹織工場製品小売店

東山絹織工場製品小売店

我社はつとにブラジルにおける紡績事業への進出を計画していたがその第一着手として開始したのが本絹織である。昭和12年サンパウロ市内所在の外人経営に係る絹織物工場を買収しその設備を継承操業を開始した。当工場の特徴は主要原料を日本産生糸に仰ぎ優秀なる日本技術を加味する点にあるのであってしかも当時吾国の滞貨生糸の輸出は重大なる国家的問題であったので此の滞貨生糸を捌く方法としても頗(すこぶ)る有意義の事業であった。爾来数次の設備拡張を行ひさらに日本より本場福井県で多年実地経験を有する機業(織物業)技術者を呼寄せ、軈(やが)てブラジルの国内事業として不動の地歩を確定せんとの希望を以て不断の研究と努力を傾けて来た。今では日本生糸の織物として広くブラジル人に親しまれる様になった。現在織機128台、就業女工200名日産広幅物2千米の能力を有し、なお染色、捺染(なっせん:プリント)工場の設備も最近完成し、上流向高級品より地方向一般のもの迄各種製産しつゝある。又一部分は付属羽二重工場で羽二重に迄仕上げている。

 なお当工場ではサンパウロ市の中心街に二箇所のサービスステーションを設け、その名も母国調床しきKiito(生糸)と命名し、製品の小売および宣伝につとめつつある。斯(か)くて日本産生糸の優秀性の紹介さらに日本の対伯貿易発展上にも重大なる役割をはたしている。

(ロ)酒造工場

邦語名              カンピナス農産加工会社

伯語                インドウストリア、アグリコラ、カンピネイラ、リミターダ

東山酒造工場全景

東山酒造工場全景

 当社はブラジルに於いて日本酒の醸造を目的として資本金200コントスを以て昭和9年設立したものであって、通稱「東山酒造工場」と呼ばれている。設立当初醸造能力一ヵ年1百石と言う小規模のものであったが需要の増勢顕著なるに鑑(かんが)み数次の設備拡張により現在では2千石の醸造規模とし、現在1千5百石の売捌きを見ている。

 醸造方法は天然式醸造およびブラジルの専売特許を有する特殊醸造法を併せ行ふものでその製品は「東麒麟」「東鳳(あずまおおとり)」なる商標を以て一般に発売されているが本事業は元来営利のみを目的とせず在留邦人の保健上強烈有害ななるピンガ酒濫飲を阻止せんとする目的から出たものであるからその製造に当たっても特に此の点を重視し、技師も日本本場仕込の優秀なる者を派遣し亦一切の醸造用具も日本から取寄せたもので、現在その品質は内地優秀品に劣らざる優良酒として広く内外人間に愛飲されている。なお当工場はカンピナス農場内の風景絶佳(ぜっか)なるアチバいア川畔に建設せられ、同所には汲めど尽きせぬ自然の湧水(ゆうすい)あり。この水とピンダ農場産水田米を以て吟醸する「東麒麟」「東鳳(あずまおおとり?)」が芳香美味なるも亦故なきに非ざる次第である。

参考
ブラジル東山農場所蔵「酒造工場沿革誌」から見る ブラジル産〈日本酒〉事始め

(ハ) 肥料工場

邦語名              東山肥料工場

伯語名              カーザ、トーザン、セツソン、デ、アズーボ

我社は亦肥料工業界への進出も企画し、その試験的着手として先ず骨粉工場をカンピナス農場内に設立し、この種事業への瀬踏みとしている。ブラジルは世界に知られた農業国で土地肥沃(ひよく)と云われているがサンパウロ州の如きは大部分開発されて、永年耕作されたと地は最早や従来のやうな掠奪農法には耐えない故、施肥の上地力(ちりょく)保持を計ることが必要なる時代に達していると言うことは専門家の一致した意見である。我社の当工場設立も今後の奥地邦人農作者に寄与する所大(だい、おおい?)なるべき期待の下に行はれたものである。創業間も無く規模も左程大ならず今後の拡張に待つものであるが既に優良品の製出も見たので本年サンパウロ市内に之が貯蔵並(ならび)に発売所を設け本格的営業を開始している。

(ニ)鉄工所

邦語                 東山鉄工所

伯語                 オヒシナ、メカニカ、デ、トーザン

東山鉄工所仕上工場

東山鉄工所仕上工場

 ブラジルにおける国内工業としては将来性あり且堅実手頃なる事業なるべしとし我社が近年染手したものに東山鉄工所がある。元来斯(かか)る種の事業は不断の研究努力と永き経験に基き漸進的に拡張することにより大成を期すべきものであるが現在我社工場設備は内地における小規模なる一鉄工所程度に過ぎざるも逐次設備の拡大、技術の向上を行はんと目論んでいるものである。工場敷地をサンパウロ市内に設け、経験深き日本人技師の技術指導下に日伯人職工約80名就労しているが既に送風機、板金切断機、偏心圧縮機、研磨砥石機等の高級工作品の試作を行い居り将来ブラジル工業界に雄飛すべき下地は着々と整頓されつつある現状である。