2月 082013
 
 2013年2月8日

新聞記事文庫 日本の対外貿易(37-162)
台湾日日新報(新聞) 1941.7.2(昭和16)


仲継貿易の復活

主要港の倉庫完備が急務

三菱商事台北高雄支店長 山口勝氏談


三菱が初めて台湾に進出したのは明治四十三年頃で台南州斗六郡林内庄に製紙工場を設け台中州竹山郡に叢生する竹林を目標に我が国最初の竹材パルプの製造に 着手したが不幸にして創業早々から再三風水害を被った上に竹林地帯に於ける小作人関係と一つは当事は尚技術的研究不十分にして採算的にも引合わなかったと いうような事情で大正二年に工場を閉鎖し内地に引揚げたという歴史が残っている、それから□年後現□拓社長の加□□平氏が三菱商事の香港支店長時代に台湾 の石炭に着眼して基□に出張員を□□台湾□の南支及び香港輸出に力を注いだのが動機となって二度目の台湾進出となり昭和二年に台北支店を開設次で高雄にも 支店が開かれ往年の竹材パルプ経営の因縁からして

[写真あり 省略]

斗六郡下で鳳梨栽培並に缶詰製造を始めたようなわけで此の事業は其後台湾合同鳳梨へ譲渡したが、別に三菱系東山農事会社の子会社として図南産業を創立杉、油桐の造林や桐油の製造及び竹材の利用意義ある仕事に従事している
此の外時局産業として発展しつつある日本アルミは三菱が最も関係深く又基隆と高雄に事業地を持つ台湾船渠も三菱の資本と技術が中心となっている、 商事会社としては一昨年督府の管理実施となるまで台湾米の移出に努力し、砂糖は三五公司源成精糖の一手販売と明糖の島内販売を引受けて居り台湾パルプも当 社が代理店となっている、其他肥料石炭、麻袋、アンバラ等扱い品目は頗る多い、廈門出張所は台北支店に所属し南支方面に供給する南洋からの食糧、内地から の雑貨等を扱っている、南支の治安回復経済開発に伴い軈て台湾を中心とする仲継貿易が復活する暁には台湾の使命は更に重加することとなるべく此の場合基 隆、高雄及び目下工事中の新高港に倉庫施設を充実完備することが是非必要である、南支、南洋に対し食糧、肥料、建設材料及び雑貨類を供給する場合台湾の主 要港にそれらの貯蔵が出来れば台湾の仲継貿易は必らずや非常な発展を来すものと確信する又台湾の工業化と南洋との関係についてみても先ず以て物資の移動径 路を綿密に調査した後、計画する必要がある、タトヘば従来南洋から一旦内地へ輸入された建築材料が更に台湾へ移入されている事実があり之等は宜しく直接輸 入の途を開くべきである、又事変前には南洋から内地へ輸入された小麦を原料としてつくった麦粉を再び南洋に輸出したものであるが、之等は宜しく距離の近い 台湾で製粉した後、南洋に輸出すべきではあるまいか、台湾の南方発展に就ては工業化と共に仲継貿易の将来に就いても併せ考えると共に施策宜しきを得なけれ ばならぬと思う
(写真は山口氏)


データ作成:2008.3 神戸大学附属図書館


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