三菱 第三代社長

 

三菱 第三代社長

三菱の分権化

岩崎久彌
第三代社長 岩崎久彌
  第三代社長岩崎久彌(いわさき ひさや)は20年にわたって三菱を率いましたが、三菱合資会社に総務、鉱山、炭坑、造船、銀行、営業、地所の各部を置き、今日でいう事業部制を確立して経 営の合理化を図りました。長崎造船所の拡張、神戸、下関両造船所の新設、神戸製紙所(現・三菱製紙)、麒麟麦酒(キリンビール)の設立、彌之助の次男俊彌 による旭硝子等の創業もこの時代のことです。
  久彌は、慶応義塾に学び、のち米国ペンシルヴァニア大学へ留学、同大学を卒業、近代的経営精神を身につけた人で、三菱の発展に大きな貢献をしました。 1914(大正3)年、第一次世界大戦勃発の際、久彌は社員に対し、「人格の高潔」と「行動の公正」が事業活動の要諦であると訓示しています。
久彌はまた、六義園(駒込)や清澄庭園(深川)を東京市に寄付し、小岩井農場(岩手)や末広農場(千葉県)を自ら経営し、(財)東洋文庫を設立するなど幅広い活動をしました。
三菱1号館(明治27年) 三菱合資会社の本社
三菱1号館(明治27年)
三菱合資会社の本社