清田文男
大正3年9月18日生
東山栽培株式会社(蘭印スマトラに於てオイルパーム植栽並に搾油を営む蘭印名エヌ・ブイ・トーザンクルツール・マースハツペイ。
昭和19年4月南方占領地域に於ける農林開発の命を受け東山産業株式会社に改組した)の社員として昭和11年9月3日東京出発同年9月24日スマトラ東海岸州ラブアンビリーに在る同社のオイルパーム植栽地アジャム園に着任引続き同園に勤務。
昭和16年12月賜暇にて本邦に滞在中大東亜戦争勃発の為17年2月軍に徴用せられスマトラへ帰島し昭和18年1月徴用解除となり直ちに当社スマトラ東海岸州メダンに在る当社メダン事務所に勤務後同州グノンマラユーのプロラジヤ園に在る当社スマトラ東海岸州事務所に転じ引続き同地に在住し生活の本拠を有し、同地に於て終戦を迎へ内地へ引揚げ帰還した。
戦後は小岩井農牧常務取締役小岩井農場長を歴任した。